| 
N.Y.-Woodstock 第1回国際交流民間視察団活動記録
: H14.10.10〜10.16 |
|
|
|
|
| 日時 |
訪問先等 |
内 容 |
| 10月10日 |
4:00 |
郡山出発。8:30成田到着。11:10成田発。 |
早川氏の送迎により、郡山から成田空港へ。 |
| 10:30 |
NY着 |
|
| 15:30 |
日本テレビ放送網株式会社NY支局 牛山雅博氏訪問 |
Woodstock Town視察、協力依頼、運転手手配。 |
| NTV internationalcorp.NY News Bureau 天羽綾乃氏訪問 |
マイケル・ラング、Woodstock関係者調査依頼。 |
| 17:00 |
NHK Enterprises NY支社 副社長 片山純一氏訪問 |
事業説明。協力依頼。 |
| 20:00 |
NTV internationalcorp.NY News Bureau 天羽綾乃氏と会談 |
組織委員会参加依頼。 |
| 10月11日 |
7:30 |
ウッドストックタウンへ |
マンハッタンから北上約200q。車で約3時間。 |
| 11:00 |
ウッドストックタウン到着 |
|
| |
Woodstock Chamber of commerce
and arts(Information Center)/ Jeane Lasher Gaede訪問 |
Woodstock関係者の情報収集。 |
| 13:00 |
Woodstock Museum訪問 (ネイソン夫妻:Woodstock文化の伝承を目的としたNPO創設者) |
音楽・文化都市交流等についての協力依頼。 |
| 16:00 |
Woodstock Town視察 |
|
| |
Return to Woodstock / Phil Void店長と会見 |
69Woodstock Fesの歴史的背景について聴取。 |
| |
Town of Woodstock government offices訪問 |
表敬訪問。 |
| 10月12日 |
7:30 |
ベセルタウンへ |
Woodstock Townから南西約100q。車で約2時間。 |
| 11:00 |
Bethel United States Postal Servise
/ Steve Brighton(Postmaster)訪問 |
69Woodstock Fesの歴史的背景について聴取。 |
| 12:00 |
Bethel Woodstock Museum / Linda
Vassmer訪問 |
69Woodstock Fesの歴史的背景について聴取。 |
| 12:30 |
ヤスガー牧場 視察 |
69Woodstock Fes開催地。 |
| 15:00 |
ウッドストック戻り |
|
| |
Center for Photography at Woodstock見学 |
ボブディランが演奏、作曲を行ったティンカーカフェ跡地。 |
| 16:30 |
帰路マンハッタンへ |
|
| 10月13日 |
|
グランドゼロ、SOHO視察 |
|
| 10月14日 |
8:30 |
セントラルパーク イマジンの碑 視察 |
|
| 18:30 |
Bloomberg(ブルーンバーグNY市長関連会社) 安部真由美氏と会談 |
事業説明。協力依頼。 |
| 10月15日 |
終日 |
New York City Commisson For The
United Nations,Consular Corps and Protocol |
ニューヨーク市役所へ事業説明。 |
| 日本総領事館(電話にて交流事業アドバイス依頼) |
電話にて交流事業アドバイスを依頼。 |
| 「GALLERY JUNO」Junko Ishihara氏訪問 |
郡山-NYの音楽・文化交流等についての協力依頼。 |
| TOMY YUJIN CORPORATIONYusuke Tokashiki氏訪問 |
郡山-NYの音楽・文化交流等についての協力依頼。 |
| ※Michael Lang |
Woodstock Fes プロデューサー連絡先等入手。 |
クール・バス(cool bus)!が歓迎!?
■米国ウッドストック&NYマンハッタン視察ツアー
紅葉がはじまった10月中旬。NYマンハッタンから北へ約200マイルに位置する米国ウッドストック・タウン。この街は、知る人ぞ知る観客動員のべ50万人、当時史上最大かつ最初のロックフェスの《生みの親》「1969ウッドストック・ミュージック アンド アートフェア(音楽・芸術祭)」の発祥の地です。さらに、この街の歴史を見ると、1900年初頭から画家、版画家、クラフトマン(工芸家)、ミュージシャン、学者、詩人が続々と集結し、全米を代表する芸術村を創り上げた街なのです。あのボブ・ディランも若かりし頃この街の住人でした。他にも錚々たるミュージシャンがこの街と関わってきました。この街のメインストリートには、ギャラリーや劇場、ライブスペースが点在し、町役場の広場にも野外劇場があります。街には芸術の薫りそこかしこに溢れています。週末にはマンハッタンやアメリカ全土から観光客やリゾートを楽しみに人々が集まってきます。日本で言えば陶芸の街といった雰囲気にも似ています。
我々は1つの目的と地図を携え、ハンドルを握り、マンハッタンから一路その街に向かったのです。
今回の米国ウッドストック&NYマンハッタン視察ツアーは、二人の発案者とその賛同者達のある目的達成のための1ステップとして実現したツアーです。全てが初めてのこと故に、全てが現場対応、直接交渉というスタイルのツアーでしたが、事を成すには、先ず自らが動き出し、見て、感じて、出会って、言葉を交わすことこそが全てであるという哲学と想いを持って臨みました。その想いが通じたのか、たまたま立ち寄った街のインフォメーションセンターで出会った一人の老婆ジーンが、私達の話に熱心に耳を傾け、そして街のキーマン達を続々と紹介してくれたのでした。
そして、その中の一夫婦(ネイソン夫妻)が運営するNPOウッドストック・ミュージアムからのお迎えのバスが、全身ブルーの「クール・バス」だったのです。我々の旅を歓迎するかの如く登場したクールバスは、60年代風に言えば正に「マジック・バス」。我々は街の人達の暖かな歓迎を受けながら、街の情報収集と交流活動を進めていきました。
■「郡山のエリア・ブランディング
(地域価値創造=NEWカルチャー創造)」に向けての序章
このツアーの発端は、二人の市民と一人の共感者から発生しました。その一人は白石昇央氏。白石氏は、うつくしま未来博後援事業SPEEDビックパレット公演及び未来クラブ認証式、モー娘(県内室内音楽動員記録1万3千人)、小柳ゆき、winds公演等の企画プロモートの実績と経験から、《生活者》を核としたエリア・ブランディングの有り方を模索してきました。もう一人は、白石氏と長年の朋友である江花景二氏。江花氏は、地元テレビ曲FCTにて様々な事業をテレビマンとして立ち上げてきた実績を持っています。そしてこの二人の共感者となる私馬場は私立幼稚園園長という教育的見地から、新しい生活文化の創造を模索し、両名に共感し、このツアーに参加しました。
白石市と江花氏両名は、それぞれの事業を立ち上げながら、次のステップとして、生活者に主眼をおいたマチの活性化を本格的に進めるべく、「郡山のエリア・ブランディング(地域価値創造=NEWカルチャー創造)事業」に乗り出したのでした。
郡山市民=生活者の「誇り」は何か、そしてその「誇り」を郡山ブランドとして全国に発信できるように高めていくことはできないか。それが実現できれば、多くの人達が郡山ブランドを求めてマチにやってくるのではないのか。そう考えた二人は、郡山ブランド創りのために、郡山の歴史と核は何か?を調査し始めました。
郡山には先人達が創り上げた「音楽」の歴史があります。かつては「東北のウィーン」とまで呼ばれた郡山。現在も安積黎明高校をはじめ郡山東高校、郡山二中、金透小学校が全国トップの座にいます。また、一方で1974年に日本で最初のロックフェス「ワン・ステップ・フェスティバル」を開催したのも郡山でした。

このワン・ステップ・フェスティバルは現在でも多くのミュージシャンに伝説となって語り継がれているほどです。我々郡山市民が誇れるもの、郡山の誇りとなるもの、温故は「郡山の音楽の歴史」であり、知心もまた「音楽」でははないか。そう考えた二人は、この郡山の音楽に着目し「音楽を通したマチづくり=音楽による郡山の地域価値創造」を目指そうと動き始めました。
そこに浮上してきたのが、ウッドストックだったのです。芸術を通した街づくり、芸術村というブランドが確立された街の成り立ちや様子を視察すること、そしてあの世界最初のウッドストックフェス開催の経緯などを調査し、交流を持つことで我々のマチづくりのヒントを掴むべく我々はその知を訪問しました。
■NYマンハッタン視察ツアーでのもう1つのヒント

今回のウッドストックと合わせ、NYマンハッタンの視察も行いました。こちらは言うまでもなく世界の経済・文化・芸術の中心です。SOHOは世界のギャラリー。そんな街並みを視察することも参考になりました。日本テレビNY支社のスタッフにも我々の趣旨に賛同頂き、我々に協力することとなりました。グランド・ゼロも視察しました。あの事件の被害者達の名は、ナイン・イレブンス、ヒーローズとしてボートに刻まれており、そのボートの前では、街のブラスバンドが追悼の街頭コンサートを行っておりました。素晴らしい音楽と音楽の持つ素晴らしさに聴き入りました。
我々が得た1つの確信は、芸術が溢れている街というのは、人をワクワクさせるという事だと思います。楽しさ、癒し、希望、夢、そんな何かがあるし、何かが始まりそうな、そんな期待と夢を感じさせてくれます。そんなマチがここ郡山であれば我々はそんな嬉しいことはないと思い、我々は音楽を基盤として郡山のマチづくり運動を始めていきたいと思っています。
|