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■開催の歴史的背景
明治六年に始まった安積開拓、それは戊辰戦争が終結し、国内に無職浪人と化した士族(敗軍)達で溢れかえっていた当時、デモクラシー(民主主義)国家を標榜する新政府(明治政府)が、これら士族授産及び殖産興業という国策推進のために行った国営開拓事業の第一弾であり、この開拓のために全国から移住してきた9藩のフロンティアーズ(開拓者達)の『勇気と行動』が当時の日本再生の起爆剤となったことは歴史的見地からみて大変意義がある。この政策の成功価値は、アメリカにおけるニューディール政策同様、江戸幕府が崩壊し、民主国家建国を目指した当時の明治政府そして日本(にっぽん)の再生と今日における我が国の発展の礎をなした大事業(開拓事業)であったと言える。
時を同じくして、これら全国から参集した開拓者の心のより所として、桑野村の地に遥拝所(現在の開成山大神宮の前身)を設置しそれを中心に大遊園地をつくり、春、秋年二回の祭りを開催し開拓者の娯楽の場を県が創設した史実(福島県遥拝所設立の告諭書より)があり、これが現在の開成山大神宮や開成山公園となったわけである。祭りの期間は、三日三晩の宴会(舞踊吟歌、酒宴)が許可され花火等も打ち上げられたそうである。またこの遥拝所参拝にあたっては、一村あたり、梅桜桃梨等の花木一株を献納、植樹しなければならず、これが現在の開成山公園の桜のもととなった粋な史実も興味深い。
■開催意義
失業率は5.4%(戦後最高)を超え、長引く経済不況や金融不安で低迷する日本経済及び国民意識は、当時(安積開拓時)と酷似しており、このよう現状を打破し、日本全体を元気づける意味において、民主主義国家発展の『礎』をなした安積開拓事業の意義と先人たちの『勇気と行動』そして、スピリチュアル・イズム(精神性)=開拓者精神を継承しつつも、より発展させ現在の日本(人)を再生し、元気づけるための祭りを、開拓者達(フロンティアー)の聖地である安積の地(開成山)より、今発信していきたい。
◎チャカホイの由来
開拓者達が開墾時に田畑を耕す時の作業(鍬と土が交錯する)音(チャカ)に、自分の夢(開墾)を何とか成し遂げようとする『気合の掛け声』=(ホイ)を掛け合わせ、『チャカ・ホイ』とし造語したものである。
※安積高校の応援歌にも『チャカホイ節』があるが由来・意味は不明。
開催時期:平成15年7月22日(火)〜7月31日(木)
※各イベントの開催期間は未定
開催場所:開成山公園 開拓者の塔広場
開催目的:@エリアブランディング(地域価値創出)事業開発による地域文化振興
A長期低迷する日本経済や金融不安により、沈滞化した日本人の心を元気づけ国民的に開拓者魂(フロンティア精神)を呼び起こし、醸成するような『祭り』を開発し、日本を活性化させる
開催内容:@チャカホイ・パレード
⇒安積歴史記念館→開成館→開成山大神宮→開成山公園開拓者の塔
※安積開拓のために最初に整備された開拓道路をパレードする。
A安積開拓130周年記念式典
⇒開拓者の塔の周りに篝(かがり)火が炊かれ、薪能の舞。そこに安積開拓顕彰会(開拓移民9藩の子孫)のメンバーの代表が9藩の幟を持って参集し開拓者の塔に献花する。
B日本(にっぽん)開拓『チャカホイ総踊り』(オリジナル創作踊り)披露
※総踊り&パレード参加者(約1000人)
⇒旧桑野村学区の小中高大生、県中NPO団体(うつくしまYOSAKOI
振興会等)、開成山大神宮氏子会、開成山エリア商工団体等。
★ 参加料の徴収方法等は未定。
☆併催(集客用)イベント
C『郡山ラーメン(一麺会)』屋台村設置(食文化の祭典)
チャカホイ祭り開催期間中、県下一の経済(商業)の中心地に600店舗のラーメン店がひしめく郡山市。そのラーメーン界の人気店の店主によるラーメンによる町おこし組織『一麺会』の屋台を大神宮の参道に出展し、郡山ラーメンをよりひろく県内外に発信する機会を創出するとともに祭りの重要な集客ツールとする。
Dみらいふれあい文化祭開催(生活文化の祭典)
県民総参加のうつくしま未来博の遺産継承・発展推進機関『みらい工房』に登録している個人やNPO法人(60団体)による文化祭を開成山エリアで開催し、生活者企画・参加型の祭りの開発を目指す。※要検討;ミニ花火大会
E(仮称)開響祭の開催(音楽文化の祭典)
音楽都市こおりやまを代表する作曲家湯浅譲二先生や木村弓さんをゲストにお招きし、郡山から全国へ素敵な音楽文化を発信する音楽祭を開発し、ひろく音楽都市こおりやまを県内外に発信する
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